マルクスはなんとか1月に綱領案を脱稿し、その後ロンドンへ発送。翌月24日、カール・シャッパーの校閲を経て、ロンドンで印刷・発行された。この時に著者名がつけられていないのは同盟の方針である。また共産主義者同盟の中心者は上述のようにマルクスではなく、カール・シャッパーと、その反対派の急先鋒ヴィルヘルム・ヴァイトリングであった。したがってこの文書にはマルクス、エンゲルスの思想とは別に共産主義者同盟幹部たちや職人革命家たち(ヴァイトリング、シャッパー等)の政治的見地や社会的意識が反映している。このためマルクス研究者の間では、この文書は厳密な意味ではマルクス自身の著作ではないという見解がある。 FX取引、FX初心者、くりっく365、FX口座開設、FX資料請求 的場昭弘・内田弘・石塚正英・柴田隆行編『新マルクス学事典』弘文堂、2000年、122〜124ページ参照 篠原敏昭・石塚正英編『共産党宣言――解釈の革新』御茶の水書房、1998年、40ページ参照 [編集] 本書の概略 本書は次の四つの章から成る。 FX 第1章「ブルジョアとプロレタリア」 第2章「プロレタリアと共産主義者」 第3章「社会主義的および共産主義的文献」 第4章「種々の反対党に対する共産主義者の立場」 エンゲルスは本書の全体像について、1883年のドイツ語版序文のなかで「『宣言』を貫く根本思想」として以下の諸点を挙げた。 FX 経済が社会の土台であること 歴史は階級闘争の歴史であること プロレタリア革命は一階級の解放でなく人類全体の解放であること なお、マルクスにもエンゲルスにも経済的土台を上部構造決定の唯一の契機とする考え方はない。 『宣言』冒頭の有名な一文「ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である」は、ローレンツ・フォン・シュタインの著作『今日のフランスにおける社会主義と共産主義』(1842年)中のフランス共産主義に関する文章に酷似している。マルクスはこのシュタインの著作を大変な熱意で読んでいるが、マルクス自身がここから直接にヒントを受けて「共産主義=幽霊」としたと断言しているわけではない。しかし『宣言』にはシュタインの著作に影響を受けた共産主義者同盟幹部の職人革命家たちの政治的な意識や見地が反映されている。FX 第1章は、「これまでの社会のすべての歴史は階級闘争の歴史である」という有名な章句で始まり、ブルジョアジーの時代(まだこのときはマルクスもエンゲルスも「資本主義的生産様式」という言葉を使っていない)は生産と社会をどう変えてしまったかを述べ、現代は生産力と生産関係の矛盾が激化した社会革命の時代であるとして、プロレタリアートという勢力がその革命を担う、という内容を述べている。また一方では商人資本・産業資本へと展開されるヨーロッパ各国の経済発展とその生産関係の変革を述べながら、ブルジョア階級の政治的支配者としての台頭、そしてそれによる近代的代議制国家の確立、政治的意志の中央集権化の過程について述べている。さらに社会的諸関係の変化から、一個の“商品”として現れる労働力の存在へと議論が発展していく。「暴力によるブルジョアジーの転覆」という内容もここに登場するが、ここの論旨はプロレタリアートによって「競争による孤立化の代わりに、協同(Assoziation)による革命的団結を作り出す」ことにあると言える。FX 第2章は、共産主義者の運動の目的・性格づけが行われている。正義者同盟をバブーフ的なものからマルクス的なものへ変えるという当初のねらいからすれば、重要な意味をもつ箇所だった。とくにあらゆる財貨を共有し、完全平等を図るというバブーフ的な共産主義(そして今日でも広く共産主義はそういうものだと思われている)を「粗野な平等化」(第3章)と批判し、所有一般の廃絶ではなく「ブルジョア的所有の廃止」が目標化された。そして、共産主義社会では国家権力が「政治的性格を失う」という見通しを述べた。 第3章はさらに次の3つの節に分かれて構成されている。 第1節「反動的社会主義」 a.法権的社会主義 b.小ブルジョア的社会主義 c.ドイツ社会主義または「真正」社会主義 第2節「保守的社会主義またはブルジョア社会主義」 第3節「批判的ユートピア的社会主義および共産主義」 ここでは18世紀から19世紀にかけてヨーロッパに存在した多用な社会主義的潮流をどうみるか、という問題にあてられている。当時は「社会主義」「共産主義」を名乗ることが流行のように行われていたので、さまざまな流派が存在していた。その主な検討・批判の対象はドイツの真正社会主義である。またその他、サン=シモン、フーリエ、プルードン等が批判的に論じられる。 第4章は、共産主義者ではない政治勢力に対する共産主義者の政治スタンスのとり方である。「一言で言えば、共産主義者は、いたるところで現に存在する社会的・政治的状態に対するどの革命運動をも支持する」とあるように、ブルジョアジーが中心の運動であってもそれが社会発展にかなっていれば支持をすべきだ、という立場を表明した。つまりここでは「ドイツがブルジョア革命の前夜にある」とした上で、共産主義者はドイツに対してプロレタリア革命ではなく、ブルジョア革命を展望すべきとしているのである。 末文は「プロレタリアはこの革命において鉄鎖のほかに失う何ものをも持たない。彼らが獲得するものは世界である。万国の労働者、団結せよ」という有名な章句で閉じられる。 [編集] 本書の限界、あるいは批判 本書はマルクス主義の文献の中でも最も広範に読まれていた文献の一つである。そして反対者・批判者からこれを典拠とする批判も数多く行われている。そのうちの最も多いものの一つが「共産主義者は、これまでのすべての社会秩序の暴力的転覆によってのみ、自分の目的が達せられることを、公然と宣言する」という叙述への批判である。また、バブーフの財貨共有制を批判したものの、生産手段と生活手段の区別がなく、「ブルジョア的所有の廃止」というスローガンと並んで「私的所有の廃止」という目標も掲げられていることが、「共産主義は私有財産をとりあげる」という批判の根拠になった。マルキスト側からは、暴力革命は当時の欧州の議会状況を反映したものであること、マルクスらは後年これらの見地を捨てたことなどが反駁としてあげられている。 しかしながら当時の正義者同盟も共産主義者同盟も非民主的な方法で社会の変革を目指す一つの秘密結社であったので、実際の方法論としてはマルクスも、シャッパーやヴァイトリングも暴力革命の路線を一時的にせよとったであろうことは推測される。なお最も明確に最後まで暴力革命路線を持ちつづけた同盟関係者はヴァイトリングであった。 「経済学の巨人」と言われるジョン・ケネス・ガルブレイスは「『共産党宣言』は、その政治的インパクトもさることながら、政治のスタイルにより深い影響及ぼしました。断定的で、非妥協的で、突き進んでいく調子は、すべての政治家の意識に深く浸透し、マルクスの名前に怖気をふるう者や、その名前をハートやシャフナーといった男性服と結びつける者にまで影響を与えました。その結果、アメリカの民主党員や共和党員、イギリスの社会主義者や保守党員、フランスの右翼や左翼が自分たちの目的を人々に訴えようとするとき、『宣言』のようなたたみかける調子がまず本人の耳に響き、やがては一般大衆の耳にこだまするのです。そんなふうに言葉の調子だけをととのえた演説がひどいものになるのは当然のことです」と評している(『不確実性の時代』)。 [編集] 「共産党」という表題 「共産党」という言葉は現在では20世紀コミンテルン以来の特殊な政党のことを指すが、19世紀のマルクスの生きた時代の文脈においては、様々な思想的傾向の人々で構成される労働者党は存在したが、共産主義者だけで構成されるいわゆる“共産党”という政党は存在しなかった。1848年2月までロンドンに存在した“共産主義者同盟”は近代的な議会政党でもなく、当然20世紀的な国民政党でもなかった。当時のそれは議会ではなく直接行動によって社会革命を企図する秘密結社であった。このため、現在ではこの文書を『共産主義者宣言』『共産主義者同盟宣言』『共産主義派宣言』と訳すべきとする見解がある(石塚正英、篠原敏昭、大藪龍介、金塚貞文他)。 [編集] 本書のこぼれ話 本書は発行された直後に革命が起きたために、長らく入手が困難な状況におかれ、1860年代のドイツでは「『共産党宣言』はドイツ国内に一説によると、たった二冊しか残っておらず、その一部は、マルクスの友人であり後に袂を分かったフェルディナント・ラッサールの本箱の中にあったという」(安世舟『ドイツ社会民主党史序説』)。また、ヨーロッパでは「マニフェスト」と言う語で、本書を指すこともある。